420,480hour

1日8時間寝るとして・・・・・・・・

有料会員

今週のお題「怖い話」

 1ヵ月ほど前にある海外サイトの有料会員となった。基本英語のサイトで、おそらく合法だと思われる。あの時の自分がなぜ少々怪しげなサイトで、クレジットカード情報を入力して、プレミアム会員になったかは正直謎が多い。それだけ魅力的なコンテンツに魅せられたのだろう。内容は、あまり公表出来るようなものでもない、いわゆる🔞というのが今回の話の肝だ。他人にはサイトに登録したことを隠したい、また男が一人で個人的に楽しむものだった。ここまで言うとあれしかないだろうとほぼみんなに勘づかれてしまう。そうフィッシング詐欺だとか架空高額請求が頻繁に起こるあれだ。いきなりパソコンがフリーズして、親にばれないようにどうしようか、電源を切っても大丈夫なのかと中2男子がドギマギするあれだ。

 とりあえず1ヵ月の定期購入をした。ここで問題なのが、1ヵ月たった時に勝手に解約としてくれるのか、そのまま継続課金となるかだ。登録した瞬間から解約の方法を画策する時点で、なぜそんな奴が下手したら理解できない言語で書かれているサイトになぜに登録したのか?とツッコみたくなるが、それだけ暑さで感覚がおかしくなっていたのだろう。またコロナで精神的な充足が最優先事項だったからかもしれない。ちなみにそのサイトを見ても落ち着くことはない。動物的な本能がみなぎるだけだ。むしろ荒っぽくなり、ただ一定の時間すぎると無の境地に達する。すべてがどうでもよくなる。こんなこと言うのもあれだが、やはりドラッグに近いのだろう。

 話が脱線気味なので戻すと、解約方法を登録してからすぐ調べるも、質問コーナーには書かれていないし、いろいろ探っても分からないのだ。普通会員情報のページに行けば、登録解除するなどのマークがあるがそれもない。ただ興奮していた私は、その時点では1ヶ月あるのだから、最終日が近づいてきたときには何とかなるだろうと高をくくっていた。この何とかなるだろうが、どうにもならなくなり、取り返しがつかなくなるのはよくあることだ。案の定、一ヶ月後私は、サイトの解除期限を忘れ、クレジットカードの請求ページを見て解除していなかったことに気づくのだった。やっぱり忘れてはいけないことはメモをしてどこか目に付くところに貼っておくに限る。

 で、このまま一生課金され続けたらどうしようと焦った私は、ググりだす。キーワードは、○○○○ 登録解除 だ。ただ海外サイトなので、全然ヒットしない。怪しい広告サイトぐらいしか出てこない。また○○袋でも、質問者さんの問題は解決されずに放置になっている。次に英語でキーワード検索すると、おんなじことで困っている人が、質問アプリで質問している。これだと思ってみると結構詳しく書いてあり、とりあえず請求会社にストップかけろみたいな事が書かれていた。やっぱりその登録サイトからは解除できない仕組みで、直接カード情報を登録した会社に問い合わせる必要があるみたいだった。ここでその登録サイトから解除方法についての質問の返信が来たが、結局役に立たず、私が出来なかったことのやり方がもう一度説明されているだけだった。

 最終的には、そのカード情報を登録した会社のページで自分の契約情報を検索して、登録商品の定期購読を解除した。正直これで本当に請求が今月で終わるのかは、まだ安心できない。下手したらカードの期限が切れるまで、毎月数千円払い続けなければいけないかもしれない。お金持ちなら気にならないだろうが、小心者かつケチな私には耐えがたい出費になる。しかも誰にも相談したくない恥ずかしいことというのも問題で、一人で抱え込むことになる。

 とりあえず、何とか解除っぽいことはできたが、一ヶ月後また請求がきていたらどうしようとドギマギしている。本当に今回の件で、海外サイトの登録は懲りた。これを読まれた方も、おそらくほとんどいないだろうが、日本語が使えないサイトに登録するときは気をつけてください。クレジットカード情報の登録は厄介ですと言いたい。

 何が怖いって、一度登録してしまうと情報は向こうに渡っているわけで、こちらがどう頑張っても向こう側に運命は握られていることだ。やっぱりインターネットは怖い。

 まあまあ、一つ最近面白かったことの話題が増えたと思えば安い出費だろう。

15分たちました。最近もっと怖いと思ったのは、テレビで見ない日はない、ある政治家さんの本の内容です。それについてはまた今度。

 

デッドライン

 明日の深夜0時が早く訪れてほしい。0時の時点でやらなければいけないことをすべて完了しておいてほしい。目が真っ赤に充血してても、体がゴリゴリに硬くなっても、体の不都合ならなんでも受け入れるから、神様お願いします。怠惰な私を見捨てないでください。

 こんなこと書いている時間はないというお叱りは重々承知しておりますが、ウォーミングアップのための言い訳書きをさせてください。

 なんで追い込まれないとやらないのかと聞かれれば答えは1つだ。出来るだけやるべきことを考える時間を減らしたいからだ。結果的に、やらなければいけないのにやっていないという事態がずっと続くことで、日常生活のクオリティは下がる。それでもなんでこんなに逃げるのかは分からない。

 自分を奮い立たせなければいけない。昨日も答えの出ない問いと向き合い、それはそれで充実した時間だった。あの時間があったから、今追い込まれているのだが。

 とにかく26時間後、やっぱり思ってたほど大したことはなかったなと笑っていたい。

 今ドラえもんに頼むとしたら、うーん、思いつかない。

 10分たちました。クズな自分を愛しているから変われない。

スマホのクーポン

 メルマガ登録でクーポンプレゼント、アプリダウンロードのお客様に初回限定クーポン配信中、アンケートにお答え頂いたお客様にもれなく無料クーポンプレゼント等々。

 チェーン展開しているお店の利用が多い私は、どこの店に行ってもクーポンを使う。時々クーポンに踊らされている自分に気付く。クーポンを消費したいがために何かを買おうとする。

 何が言いたいのか自分でもよく分からないが、昨日はひさしぶりにクーポンミスを犯した。割引きクーポンを使うことばかりに気を取られて、いつも利用していた割引をお願いするのを忘れてしまったのだ。前に行ったときに「1年間は割引き適用にしておきますね」と店員さんに言われたのだが、やはり割引適用はされていない料金だった。結局毎回お願いしなければだめなのだろう。

 100円未満の割引に固執する自分が情けない気もするが、なぜか10円程度の割引に福を感じるまま大人になってしまったから仕方ない。よく「小さいことばかり気にするものは、大きなことを見失い、大成しない」なんて言われるが、これだけ細分化されている社会で、そんなこと言っていたら損をする気がしていつも豆粒みたいなことを気にする。

 今月もクレカの支払金額はなぜか膨らんでいる。結局クレカを使うときはなぜか勢いよくお金を使ってしまうのだ。支払いを感じずに代金を支払う、恐ろしい限りだ。

 ここ数日はクーラーをつけっぱなしにして過ごしている。電気料金の請求がこれまた怖いが、ここまでクーラーなし生活を頑張って心がけていた自分を褒めたい。ただ心配なのは、高齢の祖父母がまだクーラーを使わず、扇風機でしのいでいると電話で話したことだ。暑さに弱いはずなのに、なんという我慢強さだ。帰省して顔を出したいところだが、また涼しくなってからの楽しみにとっておく。ぶっちゃけ夏に会うと何だが優しくしてくれないのだ。

 帰省警察というワードが新たにトレンド入りしているみたいだ。車にはカバーをかけておいた方が安心な気がする。

 10分たちました。8月はパソコンとにらめっこする時間を減らして、お腹周りをなんとかしたいが、海に行く予定もないのでモチベーションが上がらない。

 

 

8月6日「平和」と死

 今日は何の日?シリーズが好きだ。私が通う図書館では今日は何の日?に関連した本が展示されている。それによって意外な発見が生まれることもある。

 8月6日は私にとって広島市への原子爆弾投下の印象が強い。それは暮らしたことはないにせよ、生まれが広島市ということが大きい。長らくサンフレッチェ広島を応援していたし、広島カープのことを家族が応援していること、広島風お好み焼きが好きなこと、祖父母が暮らしていることからも、私が広島に濃く影響を受けていることが分かる。

 祖母は直接的には原爆の被害にはあっていないが、それこそピカドンと言われるようにピカッと光るところは見た記憶があるらしい。また住んでいたところにたくさんの死者が運び込まれ恐ろしかったことを小学生の時の何かの課題で、電話越しに聞いたことは忘れていない。

 原爆資料館には、昨年リニューアルしてから初めて行った。ローマ法王が訪問されていた時だったので報道陣の準備が大変そうだったのを覚えている。海外から来られている方たちがびっくりするほど多かった、またずっとスマホのカメラを回しながら回っている姿が気になった。また資料の一つ一つが私にとってはとても恐ろしく感じられ、ずっと目を背けたかった。それだけ投下当日のリアルを感じられる資料が多かった。

 私は現実からしょっちゅう逃げたくなる、打たれ弱い性格だと思う。出来れば、誰しもそうだと思うが人が焼け死ぬ姿を見たくない。ただそれは傲慢な気もする、私の知らないところでは実際に今日も死ぬ人はいるのだから。

 コロナで死生観というキーワードがあちこちで見られた。ただ私を含め多くの日本人が考えるのは戦争が無い状態での、いわゆる「平和がある状態での死」な気がする。

 平和は何もしないで得られえるものではないと私は思う。よく空気を吸えることに毎日感謝する人はいないというが、平和であることに感謝する機会も毎年のこの時期ぐらいしかない。

 世界が内向きになれば、日本で戦争が起こることはないのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

 こういうことを書いているが、私も朝起きてからついさっきまで今日が「8月6日」だということに気づいていなかった。台所シンクの茶渋が気になり急に磨き掃除をしていただけだった。今日も「平和」だということを何も意識していなかった。

 最近自分が小さいと改めて感じさせられたのが、バス停を降りた後、おそらく靴で踏んでしまったセミをつかんで飛ばしてあげている男性を見た時だった。セミに触ることを恐れる私、毎日「shineshineshineshineshineshineshine」と聞かされている気がするような人間にはやろうともしないことだった。

 外を歩いているとセミの死骸が目につくようになってきた。今のままだと私は1ヵ月後もまだ息を吸ってるだろう、おそらく。

 結局、毎日何かをやりきったと充実感を感じながら生活するのが正しいのだろう、事実私の父親は年中毎日、「今日もよく働いた」と嬉しそうに語る。

 何度も自分のために繰り返すが、平和は何もしないで永遠に続くものではない。私が生きているうちに全人類が滅びることがあっても、それが殺し合いであってはならないと思う。

 15分たちました。昨日の夜はデカレモン兄ちゃんに爆笑させてもらった。

 

Nothing will happen

 7月が終わってしまったので、4月から考えると今年も3分の1が過ぎたことになる。7月はとにかく、だらだらしていた。その分出費も増え、やることがない、もしくはやりたくないことが増えるとお金を使う性格を改めて思い知らされ嫌になった。部屋が散らかっているとなぜかお金はすぐに無くなるし、運動しないと食費は増える。

 こんなことばかり言っていても何も変わらないのは自明ですが、一応書いておきたい。最近あるブロガーさんの記事と出会った。よくありがちな高収入で良い暮らしをしていた人がそれまでの仕事を辞め、今までとは違う暮らしをして幸せに過ごしているという話だ。ストレスフリーの生活が続いているお陰で、お金もなぜか貯まり充実しているらしい。その人は本も出版していて、なかなか売れているようだ。

 その人は極力「もの」を買わないらしいが、自分の本を買わない人に対してはなかなか冷たい反応をしていた。要は、図書館で借りずに私の本は買ってください。

 本を執筆することは私が想像できないくらい大変なことなのだろうし、私の話を聞きたいなら、まずは本を買ってくださいというのは分かる。ただ図書館で借りた人の感想は必要ないというのは、どこか悲しすぎる。少なくとも私はそういう方が書いた本は手元に置いておきたいとは思えない。

 ある程度売れているなら図書館で借りる人のことをそんなに咎めなくてもいいのではないか、必ず最後は、何はともあれ私は幸せだということで締める人の考え方を真似したいとはならない。

 結局、私は心が狭い人間だということをくどくど書いてしまう。一生逆立ちを毎日続けられたとしても村上春樹のような洒落た、カッコいい修飾語を使えるようにはなりそうにない。

 梅雨が明けてさらっとした夜にこんなじっとりした妬みを書いている私は不幸せだろう。さっきまでギャグマンガを読んで幸せな気分だったはずなのに。

 10分たちました。8月は現実から出来るだけ逃げないようにしたい。 

I am addicted to phone

 最近はクーラーをつけずに上裸で過ごしているので自分の腹回りが毎日気になる。明らかに脂肪が増え、ぼよよんとしている。動くことがめんどくさくて、活動量が減っているせいだ。活動量が少ないと食欲が湧く。余計なものを口に入れる。甘くてしょっぱくてカロリーが高い割に体によくないお菓子ばかり購入している。

 体重を測るという習慣がなくなったことも原因の一つだろう。日頃から数字を目の前に突き出されないと、痩せたいという気持ちもおきない。ただでさえ人に見られることが少なくなっているのに体型を維持したいという気持ちもおきない。

 最近はご飯を炊くことも減っている。パスタとパンが主食となっていることもお腹周りがだらしないことにつながるだろう。さっき久しぶりにご飯を炊いたらコメ袋が空になった。ご飯離れは加速しそうだ。

 ここ数ヶ月考え事をするときでさえ、息を吸うようにスマホゲームをしている。思考力の低下が著しい。日本語を書くことと、話すことがもともと得意ではない私だが、今まではそれなりに本を読んだりしていた。最近は本を読んでいても集中できない。作者、筆者が私に投げかけるメッセージもよく分からない。文字は読めても文章のつながりから読み取る作業が出来ない。読解力とゲームの長時間プレイは私が思うに関係がある。逆に言えば、瞬発力がないとゲームでは勝てない。

 ゲームで勝てるようになったところで私が得られるものは何もない。一瞬の勝利の喜びだけで、時間を失うことになる。お金とか思い出とか残るものはほとんどない。それなのになぜ毎日プレイしたくなるのか。ログインボーナスが欲しいからか、ただ単純にプレイしているときは楽しい気持ちになるからなのか。

 牛乳が値上げしている気がしたので、昨日は豆乳を買ってみた。いつもアイスコーヒーと割って飲むが、なかなか美味しい。あとは何かお菓子を作ってみたい。豆乳レシピで検索したらいろいろ出てくるだろう。

 お腹は空いてないがご飯が炊けた。レトルトカレーを温めて、冷凍から揚げをのせて食べる。文章にするとなんだか悲しい食事に思えてくるが、間違いなく美味しい。何も食べたいものが思いつかない時の鉄板飯だ。

 今日は土曜日で、明日は日曜日。本当は今日銭湯に行きたかったが、それもめんどくさい。おそらく明日もめんどくさくて銭湯には行けない。予定を立てると実行したくなくなる、予定を立てないと動きたくなる。不出来な人間の典型例が私なのだろう。

 夜になってもセミは鳴くし、カラスは叫んでいる。私は一言も発しないが。

ご飯が炊けてから数分たちました。今日も食事が出来ることに感謝。

 

カップルに人気?白湯ラーメンデビュー・・・

だいたいこのブログを始めてから1年たった。1年前の自分と比べて何か変わったことはあるだろうか。若干痩せたことぐらいだろう。人間そう変われるものではない。

1年前このパンデミックが起こることを予見していた人はいるのだろうか。少なくとも私のところには首都直下型地震がいつ来てもおかしくないという情報しかなかった。

災害時のための避難用袋の中身を確認したことをなんとなく覚えているが、実際に起きた状況は全く違った。避難するのではなく、おこもりをしなくてはいけない。家から逃げてはいけなかった。

人混みがあまり得意ではなく、暗い道を歩いているとなぜかほっとした気持ちになるような私にはおこもり自体は辛いことでもなんでもなかった。ただ外は怖かった。家の外に出ることというより、マスクをして、スマホの画面を凝視しスクロールしている人が何か怖かった。やましいことがなくても、何か見張られている、パトロールされているのではないかという疑い深い気持ちになる自分も嫌だった。

雑記ブログなんて誰も見向きもしないことは分かっていたが、投稿することで誰かしらの力になれることなんか書けるはずもなく、ネガティブなことしか考えられない状態でブログを開くことはできなかった。いつも楽しそうな写真をインスタグラムにアップしていた知り合いの姿も徐々にいなくなり、それまでのそういう時間は雲を眺めて空想する時間に変わった。

ただいつまでも恐れていたら先へ進めないのも明らかだ。不要不急のこのブログをスローなペースで再開してもいいだろうと判断した。

不思議なことにアクセス数を確認すると2日に一度くらいアクセス数が1になっている。

私は見ていないので、何らかの形で流れつく人がいるのだろうか。はたまた運営サイトの方がお情けでアクセス数がつくようなプログラムでも組んでくれているのだろうか。

人生100年時代だ。老後の生活に2000万円が必要だと騒がれていた時にはたして戻れるのだろうか。明らかに先のことが見通せない人の方が増えている。もう恐ろしくてそんなことをアピールできるような雰囲気ではない。

スマホさえあれば何でもできるような世の中に変わったことは果たしていいことなのかも疑問に残る。正直なところスマホをいじくる時間が長ければ長いほど利他の精神は失われていくような気がする。私の使い方が良くない、+性格のせいなのかもしれないが。

昨日は久しぶりにラーメン屋さんに入った。パイタンラーメンを初めて食べてみたが予想以上にドロッとしていて濃ゆいスープだった。ただ知らぬ間に麺をすするたびにレンゲでスープをすくった。休日だったからか、男女のカップルで来られている方も多かった。女性も食べたくなる味なのだろか。500メートル先の別のラーメン屋はほぼ男性しか並んでいなかったのでそういうことなんだろう。確かに優しい、病みつきになりそうなスープではあった。替え玉したくなるような細さも、チャーシューが2種類のってくるのも楽しかった。食べた後は半年は来なくていいなと強がったが、振り返るとまた行きたくなってきた。お店も綺麗だったし。モデルさんで年に2回のラーメンを楽しみにしているとテレビで語っているのを見てからなんとなくラーメン屋から足が遠ざかっていた。カップラーメンはたくさん食べるくせに。

今日の昼はガーリックライスにした。気づけば茶色のものばかり食べている気がする。

内容が無くなってきたのでこの辺で終わりにする。

暇つぶしにはなるが、ブログを書いて得られるものは何もない気がする。

1年前はブログ肯定派だったはずなのにおかしい。自分の文章力のなさに辟易する。