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1日8時間寝るとして・・・・・・・・

8月6日「平和」と死

 今日は何の日?シリーズが好きだ。私が通う図書館では今日は何の日?に関連した本が展示されている。それによって意外な発見が生まれることもある。

 8月6日は私にとって広島市への原子爆弾投下の印象が強い。それは暮らしたことはないにせよ、生まれが広島市ということが大きい。長らくサンフレッチェ広島を応援していたし、広島カープのことを家族が応援していること、広島風お好み焼きが好きなこと、祖父母が暮らしていることからも、私が広島に濃く影響を受けていることが分かる。

 祖母は直接的には原爆の被害にはあっていないが、それこそピカドンと言われるようにピカッと光るところは見た記憶があるらしい。また住んでいたところにたくさんの死者が運び込まれ恐ろしかったことを小学生の時の何かの課題で、電話越しに聞いたことは忘れていない。

 原爆資料館には、昨年リニューアルしてから初めて行った。ローマ法王が訪問されていた時だったので報道陣の準備が大変そうだったのを覚えている。海外から来られている方たちがびっくりするほど多かった、またずっとスマホのカメラを回しながら回っている姿が気になった。また資料の一つ一つが私にとってはとても恐ろしく感じられ、ずっと目を背けたかった。それだけ投下当日のリアルを感じられる資料が多かった。

 私は現実からしょっちゅう逃げたくなる、打たれ弱い性格だと思う。出来れば、誰しもそうだと思うが人が焼け死ぬ姿を見たくない。ただそれは傲慢な気もする、私の知らないところでは実際に今日も死ぬ人はいるのだから。

 コロナで死生観というキーワードがあちこちで見られた。ただ私を含め多くの日本人が考えるのは戦争が無い状態での、いわゆる「平和がある状態での死」な気がする。

 平和は何もしないで得られえるものではないと私は思う。よく空気を吸えることに毎日感謝する人はいないというが、平和であることに感謝する機会も毎年のこの時期ぐらいしかない。

 世界が内向きになれば、日本で戦争が起こることはないのだろうか。いや、そんなことはないだろう。

 こういうことを書いているが、私も朝起きてからついさっきまで今日が「8月6日」だということに気づいていなかった。台所シンクの茶渋が気になり急に磨き掃除をしていただけだった。今日も「平和」だということを何も意識していなかった。

 最近自分が小さいと改めて感じさせられたのが、バス停を降りた後、おそらく靴で踏んでしまったセミをつかんで飛ばしてあげている男性を見た時だった。セミに触ることを恐れる私、毎日「shineshineshineshineshineshineshine」と聞かされている気がするような人間にはやろうともしないことだった。

 外を歩いているとセミの死骸が目につくようになってきた。今のままだと私は1ヵ月後もまだ息を吸ってるだろう、おそらく。

 結局、毎日何かをやりきったと充実感を感じながら生活するのが正しいのだろう、事実私の父親は年中毎日、「今日もよく働いた」と嬉しそうに語る。

 何度も自分のために繰り返すが、平和は何もしないで永遠に続くものではない。私が生きているうちに全人類が滅びることがあっても、それが殺し合いであってはならないと思う。

 15分たちました。昨日の夜はデカレモン兄ちゃんに爆笑させてもらった。