4ヶ月ぶりにブログを開くと恥をかく

今週のお題「最近変えたこと・変わったこと」

 古いパソコンを使ってブログを書こうとしている。正確に言えば違うが、ほぼ拾ってきたようなこいつは、画面が16インチと大きく、ずっとゲームのストリーミング再生用に使っていた。このパソコンでキーボードを使うのは、ほぼ2日目。もともとぎこちなく、好きになれないタイピング作業がウザったい。でも記しておきたいことがあるのだから受け入れるしかない。

 このブログの題名が滑稽で仕方ない。PKは審判の笛が鳴ってから5秒待て、この題名にしていた時の私は、サッカーワールドカップが待ち遠しかったのだろう。そして日本がベスト8以上に進むためには、PK戦を何とかしなければと他人ながら思っていた。とにかく前回カタール大会での日本の敗退は、クロアチアがPKに強すぎるとはいえ受け入れがたい情けなさがあった。そしてなんとなくワールドカップはPK戦になったとき、運より実力が試されるような気がしてならなかった。前回大会はトーナメントで16試合中5回。今回は決勝がまだどうなるか分からないが、31試合中4回、ベスト32の16試合に限れば3回。もう少しあっても良かったのではという気もしてくる。

 世界ランキング4位以内のチームがベスト4にすべて残ったということに表されるように強者が勝つべくして勝っているまでとも言い切れる感じもする。アルゼンチンはメッシドラマを、毎回のように魅せてくれたし、スペイン、イングランド、フランスはしっかりと得点を獲って勝ち上がってきている印象が強い。点をとるまでに時間がかかることは強者ゆえの悩みだろうが、点を獲れないと感じる試合はほぼない。

 外から見ている人間が何を言っても、何も知らないからでしょうと私もよく思う性質の人間ではある。ただ日本が本気でブラジル、ノルウェー、その先のイングランド、アルゼンチンに勝とうと思うのなら、PKに自信をいくらもって勝ち進んでいっても何処かで躓いていたのは間違いないと思った。各国にはどう一生懸命89分、119分凌いでいようが、無慈悲にゴールを破ってくる王様がいる。しかも一人ではなく数人だ。点を獲ることよりも、ゴールを守るほうが、11人が整理されてがむしゃらに動けていれば優先すべきなのは間違いない。ただミスというのは、AIロボットが自動制御されているのではなく、人間が行うスポーツなのだから絶対に起こる。1つのミスなら問題ない、それが2つ、3つ重なると防ぎようがないのがサッカーだろう。一体感、連帯感のあるチームは、逆に言えば自由な発想が縮小される。そしてゲームを支配され、解決策が生まれなくなる。そして肉体的にも、精神的にも消耗され、小さなミスが大きな影響を生んでしまう。

 諦めたらそこで試合終了ですよ、ブラジル相手に残り数分の時間で失点したとき何人の選手が切り替えられただろうか。来週またゲームがあるわけではなく、負けたらチームは解散、4年間、8年間、いや20数年間の夢は絵空事になる。はいはいはい、試合終了のホイッスルが鳴るまで分からないよ試合は、ミスしたような選手も堂々とある意味、鈍感に振る舞う。それが出来るようになったら、結果は変わってくるだろう。

 4年後このブログが続いているかどうかは誰も分からない。ただPKについては考えない、あくまで90分で決着をつけれるチームを応援したい。もしくは、「まあこんなもんだろう」と静かに現実を受け止めたい。たら、ればで勝てるほど、ピッチの上で繰り広げられる4年ごとの格闘は甘くないということを改めて痛感させられた2026年サッカーワールドカップだった。

 

 

棚に溜めたノートを捨てた

今週のお題「スッキリ!」

 スギ花粉真っ只中だ。できるだけ屋内に居れるときはそうしているが、外出時は、マスクと防護めがねが欠かせない。マスクの上にネックウォーマーをつけると安心感が増すく。

 この前の土曜、その格好で母校のサッカー部の公式戦見学に出掛けた。私のぼやきと不審者のような格好が、隣にいた相手強豪校の見学に来たであろう中学生二人組のツボにハマったようだった。前半40分間壮絶ないじりに耐えることなった。中学生なりに様々なワードを頭の中から振り絞ってきて、楽しい試合観戦となった。

 奇しくも相手は10年以上前に、私がワンサイドゲームでボコボコにされた部員150人ぐらいの強豪校だ。母校の試合は2ヶ月前に見学したばかりだ。その時は、同レベルのライバル校にPK戦で、辛勝。派手さも上手さも感じることはないが、それなりに走れて、身体を張っていた。何より、GKがやる気に満ち溢れていた。弱いチームが戦うには、GKのセーブが必要不可欠だ。

 80分守り抜く、あるいはまぐれの1点でも入れば勝つかもしれない。20回やったら1回、勝つ確率で言ったらそれ以下だっただろう。ボール支配率90%ぐらいのワンサイドゲーム。前半30分過ぎにショートコーナーで失点。私が負けた時はそこからズルズル5失点した訳だが、彼らは違った。慌てて攻撃に出ることなくそのまま耐えて、結果1対0の敗北。相手は試合が終わった後、全国優勝経験があるお爺さん総監督にベンチで絞られているようだった。「この相手にずっとボールを握って、コーナーキックも20回ぐらいあったにも関わらず、得点が少なすぎる。次の相手には通用しないぞ。」とでも叱られているのが容易に想像できる。

 弱者でも、割り切って、1人を3人で囲んで、ミスを極力減らせば、選手1人1人の能力差をカバーできるのがサッカーの魅力のひとつでもある。私が高校サッカーをしていた頃は、弱者の戦いが嫌いだった。勝ちにこだわることも嫌いで監督と対立し、中途半端な終わり方をした。彼らにはまだ2つ全国まで続く大きな大会が残されている。是非とも強豪校を一度でも破ってほしい。そう思わせるような試合展開だった。

 もうすぐ4月になる。10冊ぐらい書き溜めていた自己暗示ノート的なものを紙ゴミに出した。今見ても笑ってしまうような内容ばかりで、10年後読んで馬鹿話にしようかとも迷ったが、現在のタイミングで棄てることが、未来につながると直感を信じた。ただ紙にペンで書き殴った時間は、捨てることは出来ない。当たり前のことを改めて思い出させてくれた。

 

花粉対策

今週のお題「変えたいこと」

 数年前からスギ花粉の時期だけ、眼を覆うものを身につけるようにしている。最初の頃はまだ余裕があったのか、度なしのメガネをつけていた。ここ数年はあからさまにわかるゴーグル眼鏡を着けている。昨年は100均でそれっぽいものを見つけたのが嬉しく買い溜めした。そいつをボックスの底から迎えるついでに、掃除をしてみた。

 収納スペースが足りていないわけではないが、あぶれたものが机にまだ散らばっている。いつも掃除をして雑巾をかけてさっぱりした後に思う、今度こそ常に机には最小限のものだけを置く、マイデスクではなく、レンタルデスクのようにしたい欲が強くなっている。

 机の上に小さなゴミ箱とちりとりだけがあったら、どれだけ作業が捗りそうな机になるのだろう。物心ついてから今まで、1週間後、掃除した後と同じ状態が保たれたことは一度もない。昨年は家に帰ったらとりあえず、鞄の中身を全て出すという行為は習慣化出来た。疲れていようが、イライラしていようがとりあえず出す。かなりいいリセット方法だと続けている。

 机の上は多少散らかっているぐらいが創造性を発揮するにはよくて、みたいな話はそこらで聞く。ものがあった方が安心するし、便利だ。

 でも埃が溜まるのは身体にいいことではないし、花粉でイライラしている時ぐらい、落ち着く場所をスッキリさせたい。雑多なノート、ホテルのアメニティ、ティッシュボックス、携帯用シャンプーセット、3色マーカー、ルービックキューブ等々。コイツらに収まる場所を与えなきゃならない。今すぐ、取り出しやすく、戻しやすい場所に。そんなところがある気がしないのだけれど。

 机を使ったら元通り、何もない状態にして終わる。それを繰り返す。これが当たり前になるように。

無駄

 試験結果が届いた。不合格という現実を受け入れながら、何点取れていたのか、何点足りなかったのか、そのことばかり頭から離れずにいた。

 1回目60点足らず、これは実力不足というか合格しようとする姿勢ができていなかった。笑うことしかできなかった。2回目の今回30点足りてない。問題難易度の易化が騒がれ、合格率も過去最高、まぐれ合格が起こるなら今年だっただろう。笑えない。点数が上がったことにより、無駄ではなかったのだと自分を過大評価してしまう。違う。とにかく甘かった。勉強の時間も、量も、出来ないことに様々な理由をつけて、逃げていた。

 7ヶ月後、また申し込みの時期が来るだろう。また落ちたら、2年の無駄遣いが3年になる。受かったからといって日常が変わるわけでもない。自分に勝った、粘り強く闘えた、諦めの悪さが身についたという、自己満足の領域が拡張されるだけだ。

 大抵のことは時が解決してくれる。1ヶ月後には、また違うことに時間を使いたいとか頭の使い方が変わっていることに期待したい気持ちもなくはない。真実は白か黒かもしれないが、現実はグレー。落ちたことに良い意味を生み出せることに期待したい。

試験の結果に一喜一憂しない

 80日ほど前に受けた試験の結果がやっと出た。期待して落とされることが、悔しさや怒りを増幅させる気がしてならないので、落ちている前提で考えてきたつもりだ。それでも感触として、まぐれ合格を期待する自分もそれなりにいた。ここ数日は眠りが浅く、寝付けない日が続いた。体は反応していたのだろう。

 タイトルから読み取れるだろう、不合格という現実を突きつけられた。ネットで受験番号を確認するとひとつ後ろの番号はあった。かなりバクバクして、楽しませてもらった。

 去年落ちた時は、なにくそという気持ちと、落ちた自分への腹立たしさから当分切り替えられなかった。全く惜しくもない点数なのに。

 2度あることは3度ある、石の上にも3年、3度目の正直等々、3は結構節目に使われがちな気がしてくる。とりあえず自分の得点開示が届いてから今後については決めたい。また今年も試験勉強することが、今後の幸せにつながるかと聞かれてもイエスと即答できない。勉強時間の蓄えを考えると次受からなかったら終わりの背水の陣にしても面白い気持ちもある。我慢してやるのではなく、挑んでやる。そのマインドセットは作れそうだ。落ちてすぐの今なら。

 ともかく必要以上に落ち込まない自分を褒めたい。そして当面の敵は、刻々と近づいてくる、年々強くなっている花の粉だ。

万事快調〈オール・グリーンズ〉を観た

 最近読んだ、科学的に気分良く生きる方法100個みたいな啓発本チックなものに、いい結果が書かれていたので実践してきた。家のTVでビデオを観ると、人間は気分が落ち込みやすいらしいのだ。やはり映画はできるだけ映画館で観ることが、脳にも嬉しいらしい。

 その本には、コーヒー豆の香りを嗅ぐことも脳細胞の修復に良いと書かれていた。一個前の記事に書いたように、読む前に実践し始めていたので、今年は万事快調でいきたい。

 とにかく人間は体が先で脳がついてくるらしい。正直この映画も推し活として、半年前ぐらいから楽しみにしていた。ただ年始にやっと「国宝」を観ることができたので、1ヶ月は映画館に行くことを我慢した方が次の映画を楽しめるのではと頭でごちゃごちゃしていた。そしてこの映画、近所のシネコンでは上映しておらず、飛ばしてビデオを待つかと億劫になってもいた。

 ハッピーマンデーとはいえ、田舎のシネコンは私が座席予約した3時間前に、まだ1席しか埋まっていなかった。まさかの2人と胸騒ぎがしたが、蓋を開けてみれば20名ほどは入っていたと思う。

 あらすじをなぞらないで観ることが好きな私は、えっドンピシャ面白いんだけどと、昨年みた映画全てを超えてきた。田舎の学校で、クラスの中で交わらない、えらい可愛い女子3人が、ひょんなことから徒党を組んでスリルある学校生活を送るといった感じの話だ。よくあるっちゃそこまでなのだが、中身が濃い。そして映画好きというより映画館好きにはたまらないシーンが散りばめてあった。

 10日前ぐらいに、原因明白な踵の裏の痛みを発症してから鬱屈としていた自分が馬鹿らしく思えた。小さなことの積み重ねが大きなものを生むのは間違いないが、気にしなくていい出来事も日常には多い。映画館を後にした私は、駅まで笑って走り出したが、ピリッと痛みを感じた。痛みなくして得るものはない。青春映画は何歳になっても気持ちを若くしてくれた。

ワンドリップ珈琲を1日1杯

今週のお題「冬の楽しみ」

 冬になると雪を見たくなる気持ちは,なかなか無くならない。雪見だいふくを食べることでその気持ちが緩和されるなら,食べるに越したことはないが,そうもいかない。正月明けに1回見た程度の場所に住む私は,満たされない気持ちを,プロスノーボーダーがマイナースキー場を巡るローカル番組を観ることや,レッドブルの超人とんでもチャレンジを鑑賞することで紛らわせている。

 3月の終わりまでに1度くらいはスキー場に行って,滑りたい気持ちをここ5年ぐらい毎年のように膨らませている。ただ毎回,調べてはいろんな場所にスキー場があることに妙に満腹感を抱く。それで怪我した場合のリスクや,やっぱりリフトに乗るのは怖いことだとありもしないネガティブ情報を頭の中で巡らせ,頓挫している。

 で,とりあえず年明けから取り組み始めたのが体重を減らすことだ。普段しないような動きがあることをしたいなら,体重は軽い方がリスクが抑えられると素人は考える。日常生活に支障が出る体重では今もないが,身軽であることに越したことはない。何よりケガをしない自信がつく。

 ワンドリップコーヒーはゴミが出る,湯を沸かすのがめんどくさい。時間がかかる割に量が飲めない等々,無駄が多いと感じるのが普通だ。ただ裏を返せば,量を少なくそこそこ美味しいと感じるコーヒーを飲むことができる,手間がかかるといってもカップラーメンより慣れれば早い,コーヒーの匂いでイライラ雑念が軽減される気がする等々,メリットもある。

 15袋あったが残り5袋になった。これと一緒に脂肪も燃えていることを願う。